井端弘和の年俸3億円の裏にある嫁の存在とは?子供想いな姿も紹介

井端弘和 嫁

プロ野球 井端弘和選手といえば、中日時代に「アライバコンビ」として荒木選手と共に数々の好プレーをみせてくれたことが記憶にある人も多いことでしょう。

そんな井端弘和選手も40歳。そろそろ「引退」の二文字も周囲から聞こえてきます。そういえば、井端弘和選手は数年前にも目の不調から引退危機がありました。しかし、その時にはお嫁さんの献身的なサポートで引退を回避することができたそうです。

井端弘和選手と、活躍を支えるお嫁さんの存在に関する情報に迫ってみましょう。

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井端弘和の簡単プロフィールや年俸について


井端弘和選手は、堀越高等学校時代に2度甲子園に出場。亜細亜大学に進学卒業後、1997年にドラフト5位指名で中日ドラゴンズに入団します。

2001年からはショートのレギュラーとして1軍に定着して、年俸は3200万円になりました。2004年から6年連続でゴールデングラブ賞を受賞するなど、日本球界を代表するショートストッパーとなります。

年俸も、初めてゴールデングラブ賞を受賞した2004年の9400万円から2010年には3億円となりました。

しかし2010年は目の不調を訴え打球がよく見えず、出場試合も減ります。一見3億円と聞くと華やかに聞こえますが、裏で必死に支えている存在がいます。ことのきに献身的なサポートをしたのがお嫁さんの河野明子さん。

結婚の馴れ初めや、子供に対するエピソードも


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河野明子さんは元テレビ朝日アナウンサーで、2002年からはニュースステーション、さらに報道ステーションも2008年まで担当していたので、顔を覚えている人も多いことでしょう。

二人は2004年の沖縄キャンプの取材で出会い意気投合したそうです。アナウンサーとプロ野球選手のよくあるパターンですね。二人は2008年に結婚。

結婚後、テレ朝を退社した河野さんは名古屋に移り住み、ナゴヤドームだけでなく遠征先の試合も観戦するなどのサポートを行います。

井端弘和選手が体調不良時に、日本全国の病院を探し歩いて治してくれる病院を探したそう。その後も必死に応援し支え続けたそうです。

あの里田まいさんも、お手本とするプロ野球選手の妻として河野明子さんの名前をあげるほど。

河野明子さんは女性からの支持も多く、アナウンサー時代も非常に人気の高い存在でした。

そんな二人には長男と長女、二人の子供がいます。

井端弘和選手と河野(旧姓)明子さんは子供想いでも有名で、井端弘和選手が2014年から巨人に移籍したのは「子供のお受験のため」なんて噂もありますが、真相はどうなんでしょうね。

まとめ


以上で井端弘和選手とお嫁さんについてまとめてみました。

夫婦ともども印象がとてもいいそうです。井端弘和選手はお嫁さんのことを「恐妻家」なんて表現していますが、それさえも微笑ましく聞こえてしまいますね。

今後も応援したいと思います!

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